大阪大学大学院理学研究科附属基礎理学プロジェクト研究センター大阪大学大学院理学研究科附属基礎理学プロジェクト研究センター

Category:しゅんぽじおん

「(理学の響宴) しゅんぽじおん」とは

プラトン(Platon)著の『饗宴』で書かれた、科学者が集まり、議論をしかけ、話を膨らませ、『知への愛,フィロソフィア』を説く饗宴。堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。

 

 

 

執筆:大阪大学 教授 橋本幸士
大阪大学素粒子論研究室 
(大学院理学研究科 物理学専攻)

掲載元:パリティ 
Vol.32 No.10 2017-10

 

 

2017年7月11日午後 5時半、大阪大学理学部。教育研究交流棟の3階に、議論好きの科学者が、再び、ぞろぞろと集まってきた。第1回『しゅんぽじおん』のおもしろさに味をしめた者たちだけではなく、新たに参戦する科学者たちも。これは、その実録である。

 

 

 

数学者が説く「カオスとは」

登壇者:盛田健彦氏

 

「私、コンピューター昔から苦手でね、カオスっていう分野を昔から研究しているにもかかわらず、コンピューターを使ったことがない」 

 

爆笑を誘いながら話を始めた盛田健彦さんは、大阪大学の数学者である。

 

数学者、盛田健彦さん

 

「若い人たちにいいたいのは、まず、苦手なものをもちましょう、とことん苦手でいけば、研究が開けるということです」

 

この言葉の真の意味を、後で知ることになるとは、この時点で誰も予想を していなかったはずだ。

 

「カオスっていうのは、ギリシャ神話の初めの神様の名前ですね。何もないところから、何かが出てくる、それがカオス」

 

盛田さんはホワイトボードに、カオスとは、についておもむろに書き始めた。

盛田さんがホワイトボードに残した、なぞの言葉

 

 

「カオスは、出口?入口?カオスは、始まり?終わり?直感的にいったら、始まりなんやけど、私の気持ちとしては、すべてのものはカオスで始まるんですよ。そして最後に、カオスに飲み込まれてなくなるんですよ。いいですか?」

 

一同、あぜんとして、盛田さんを見つめる。

 

「私が大学に入ったとき、山口昌哉先生のカオスの話を初めて聞いたんですよ。それから、力学系とか、エルゴード理論とか、そんなのをやってきました。当時の研究会では、いろんなカオスの話がありましたね。で、いまでも思い出すのは『BZ反応*1』。そう、こないだ、ニュースがありましたよね。水戸の高校生が、BZ反応が途中で終わったと思ってたら、しばらくたって、また始まった、って発見したんですよ」 

 

あー、ありましたねぇ、という声が会場に流れる。

 

「で、僕は数学者でしょ。数学者がそのニュースを聞いたとき、『あれ,何でいままでそんなこと誰もやらんかったんや?』っていう反応でしたよ。つまり、計算機で長い時間走らせたら、わかることですよね。でもじつは、昔は遅いパソコン使って計算してましたから、やらんかったんかもな、と。まあ、僕はコンピューター使いませんから、そういう見方です。昔からみんな、コンピューター使ってましたからね。僕は『リミット n→∞でがんばろう』と決めたんです」

 

なるほど、コンピューターを使わないというのは、真の無限大をとり扱うという意味だったのか。

 

「カオスの定義はじつは、本当は、ないんです。ある人は『無秩序』とよぶけど、そうではない。すべてのものを含んでいるから。カオスには 3つの条件があると考えてます。
第1に、シンプルで、何かあるぞと思わせるようなもの。人をひきつけるんだけど、やり始めるとたいへん、というやつね。たとえば、ローレンツアトラクター。あれだって、簡略化してああなっているわけです。いま思うと、気象なんて、どうしてあんな枠組みに乗るのか、不思議だなと思うわけです。簡略化していいものができると思ってやり始める、それが大事なんです。
2番目に、数値計算によって、時間発展の解が出てくるんやけど、うまくいかない。いっくらでも精度が必要になるんですね。まあ山口先生の言葉を使うと、『やっちゃいけないことをやりなさい』ですね」

 

会場が笑いに包まれる。

 

 

「想定外、ってやつですよ。ちょっと話がずれますけど、よく『ゼロで割っちゃいけない』っていいますよね。誰が割っちゃいけないっていいました? (笑)それは想定外なだけです。想定内にすればいいだけですよね。カオスの話に戻ると、想定外というのは、 『初期値鋭敏性』ってやつです。初めちょっとずれるだけで、時間がたつとすごくずれるんです。そういうもんやから、数値実験をくり返すと、誤差ではなくてダイナミクスの性質が効いてくるわけです。
で、 3番目の性質。ある状態を選んだとしましょう。別の状態から、時間発展をさせて、この状態にどれだけでも近づけることができる。英語ではtopological transitivityといいます。
この3つのことが成り立つとき、『カオスっぽいな,英語では “chaotic”』といいます」

 

会場から質問が挙がる。

 

「3番目のやつがなかったら、なんか悪いことあります?」

 

「悪いことはないと思うけど、人間、奇妙に思うことがあるでしょ。たとえば、デジャブとか。怖いでしょ。怖いものみたさで研究したくなるわけですよ」

 

「3番目のやつとデジャブとどう関係があるんですか?(笑)」

 

「デジャブっちゅうのはね、どっかでこの景色みたことあるな、似てるな、ってやつですよね。これは、ある状態の十分近傍に行くっていうことじゃないですか」

 

会場は「なあるほど」の声とともに笑いの渦に包まれた。

 

「3番目のはカオスじゃないっていうことじゃないんですか?秩序があるじゃないですか」

 

「そう、そう。カオスは、無秩序じゃないんです。秩序があるんですよ。大事なのは、カオスっぽいということを特徴づける指標が、計算方法が、必要やということです。同じところに戻ってくるというのは、質のいいランダムネスなんですよ。たとえばブラウン運動はランダムですよね。 3次元空間でブラウン運動すると、どっか行ってしまう。そうやなくて、有界な空間でランダムをやるのがおもしろい。ほぼ同じ状態に戻ってくるわけです」

 

「この宇宙は、どうですか?」

 

「それは、宇宙がどうなっているかにもよりますよね。たとえば、宇宙が2次元のトーラスやったとしましょう。あるところから出発して、まっすぐ、角度が2πの有理数倍ではない方向に直線運動したとしましょう。この運動は、稠密(ちゅうみつ)にトーラスを埋めつくすんです。そして、任意の点の近傍に、いつか必ず、何回でも到達するんです。そやから、自分が有界でない世界にいたとしても、ちょっと次元の見方を変えると、有界になったりするんですよ」

 

おもしろい例をおみせしましょうね、と盛田さんはいいながら、ホワイトボードに式を書き始めた。

 

 

「この式で、 0≦xn ≦1/2やったら『0』、 1/2<xn≦1やったら『1』、っていうルールで、 n番目の 0、1をどんどん生成していったとします。そしたら、世の中にあるあらゆる 0、1の列を再現できるんですよ。これ、テントマップのコーディングっていうんです。すべてのものが実現できてしまうんですよ。宇宙のすべてが実現されたら橋本先生は必要ないですよね」

 

突然、話を振られた私は思わず笑ってしまったが、後で思うと、否定しておくべきだった。時すでに遅し。

 

「しかも、与えられた数列がどこにあるかも計算できるんです。それが何回も現れるんですよ。デジャブですよ。つまり、これはさっきの『カオスっぽい』なんですね」

 

盛田さんのもち出されたシンプルな例は聴衆をうならせるのに十分だったようだ。

 

「僕が思うに、世界にはいろんな小さなカオスがいっぱいあって、そこから都合のいい部分、つまりあらゆる情報を含んでいそうな部分、をとり出せるような方法が、それが生物かもしれない。生物は、小さいカオスをつくりながら、それをとり出す。たとえば記憶なんていうのも、カオスをとり出しているという人もいますね。生物のカオスをとり出す能力を最大化しつつ生きているのが、われわれというものです」 

 

 

そうや、いや、そうやない、いや、そうや、と会場でいろんな意見がごった返すなか、大きな拍手で盛田さんの講演が終わった。

 

しかし、質問が相次ぐ。紀本さんが口火を切った。

 

「カオスの『形』を見つけるにはどうしたらええんですか」

 

「まあたいていの人は、コンピューターでやってみるんですね。でもコンピューターなくてもわかる数学者もいるんですよ」

 

「気象とかやと、初期値鋭敏性があるから、初めの状態についてアンサンブル平均とるわけですよね。そういうプロセスしかないんですか」

 

「エルゴード仮説でよく議論されましたけれど、全体的には安定なシステムであると仮定してやるわけですね。でも,どうしても小さくなりすぎると、実際の観測とか機械では限界がありますよね、数学的には限界はなくても。だから、平均化とか、そういうのは結局必要になるわけですね。カオスの性質をうまく利用して、情報をとり出すんです」

 

「ゆらぎの平均化は、プランク定数ですか?*2

 

「いろいろな試みがあると思いますね。量子的なカオスとか」

 

 思い切って、僕は尋ねてみた。

「入口とか出口とか、盛田さんの頭のなかではどうなってるか教えてもらえません?(笑)」

 

「出口か入口かはわかんないんですよ。どっちもどっち、とは思っていますけど、たとえば、可逆系のほうが非可逆系よりも難しい。始まりか終わりかも、わかんないね」

 

ますますなぞである。出口、入口、参加者の頭のなかにはいろんな絵が浮かんでいたことだろう。

 

 

*1 「ベロウソフ.ジャボチンスキー反応」のこと。ある種の化学反応で、振動現象が発生し、溶液の色がつぎつぎと移り変わる。カオス的なふるまいが観測される。

*2 測定のふるまいが一定値にならず、一定値のまわりをゆらいださまざまな値をとる場合、その原因として、量子的なゆらぎの可能性もある。量子論では、測定は確率的になるからである。もし量子論的なゆらぎなら、量子力学を特徴づける定数であるプランク定数が、ゆらぎの大きさを決めているはずである、という趣旨の発言。

 

 

 

生物学者の「カオス」

 

登壇者:藤本仰一氏

 

数学者の、まったくコンピューターも使わない講演の魅力にわれわれ聴衆は度肝を抜かれたが、カオスというものの本質を共有するには十分な時間だった。

もちろん、すでに全員がワインで酔っ払っているので,本当に理解しているのかはわれわれ自身にはわからないのかもしれないが。

 

 

盛田さんの講演のすぐ後、フルスペックのパソコンをとり出してきたのは、大阪大学で理論生物学研究室を主宰している藤本仰一さんだ。

 

生物学者、藤本仰一さん

 

カンパーイ、の挨拶から、藤本さんはいきなり,

 

「私はカオスに恩恵を受けて研究をしてきました。もっというと、研究人生そのものがカオスだ、と思っています」

 

(一同爆笑)

 

「人生がいかにカオスかという話がメインですので。まずは、 2重振り子っていう典型的なカオス現象があります。これは、さっき盛田さんがカオスっぽい、という言葉の 3つの性質をおっしゃっていましたが、 2番目の性質を簡単にみることができます。初期値鋭敏性ですね」

 

それを聞いて、私はすぐに質問してしまった。

 

「盛田さんの 3番目の性質はみえますか?」

 

「2重振り子の先端にLEDをつけると、運動の軌跡がみえるんですよ。それを録画してパターンを記憶させれば、みえるんじゃないですかね」

 

藤本さんの答えは、実際的な感じがする。本当にカオスの実験をいろいろとやってきたのだろうなと想像させられた。

 

「まず、カオスの歴史を振り返ってみましょう。旧約聖書の創世記の記述、そして荘子の内篇。湯川秀樹のエッセイにも使われています。物理と数学におけるカオスとはどんなものか、みてみましょうか」

 

藤本さんはスライドをみせた。

藤本さんのスライド「自然科学と工学に現れるカオス」

 

「ローレンツの方程式は、もともとはたくさんの変数があったんですが、最終的に3つの変数で、きれいなカオスが現れることを示したんですね。非周期的。実際に流体の実験でも、70年代頃から確かめられ始めました。水面の高さとか、そのフーリエスペクトルがピークをもたず、なだらかになってくる。そういうものが発見されたんです。

化学反応でも、さっき盛田さんの話で出てきたようなBZ反応にもカオスが発見されます。大きなスケールでみると、地磁気が反転する現象もカオス。黒が磁気が現在と同じ方向の時期で、白が逆の方向の時期です。岩石の磁性を測って、判明するわけですね。周期的ではないことがわかります。

振り子でも、強制振動を入れると、カオス的になる。これが、振り子の系での初めてのカオスでしょうね。あと,シャーレの中にマメゾウムシを入れて、世代を経て個体数をみると、グラフがガタガタする。ロジスティック方程式の離散化によって、モデル化できるわけですね。

こういったカオスで重要だったのは、『不規則性』ですね。たとえばローレンツは、論文の概要に『非周期的な解は小さな摂動を与えると不安定である』と書いています。それをきっちり証明したのがローレンツの業績ですね。これが盛田さんの第2の点です。それともう1つ重要なのは、完全にランダムではないということです。70~80年代の研究でわかってきたのは、何となく秩序があるということです。

たとえば、富田和久先生は、“ irregularity” (コヒーレントな不規則性)という観点からカオスの意義を唱えた。さらに、津田一郎と金子邦彦は、『複雑系のカオス的シナリオ』(1996)で、カオスは分析では理解できない何かを含んでいる。分析よりも『見る』ことにより、また『構成する』ことにより 理解されるものではないか、という考え方も唱えています」

 

 

突然、会場から質問が。

 

「みるのと分析と同じちゃいますか」

 

すると、ほかの声が上がった。

 

「人によって、みると違う感想がある でしょ。分析は、誰がやっても同じ」

 

藤本さんはそれを肯定して、

 

  「そうです、俯瞰(ふかん)してみたり、切りとってみたり、いろいろみれますよね。出たり入ったり、ガリバートンネルみたいな。そこが、カオスのおもしろいところでもありますね。僕はそういう、いろんな空間がどう組み合わさって、そしてそれを眺めたらどうみえるんだろう、そういう思いで、研究を始めました」

 

次のスライドに話を移した藤本さんは、いくつかの典型的な例を語り始めた。

 

藤本さんのスライド「流れに沿った乱れの増大と秩序の形成:移流不安定性」

 

 

「カルマン渦ってご存知ですよね。流れのなかに棒が立っていると、棒の後ろでは乱れが増幅するのだけれど、それが渦の秩序的形成を生んでいる。飛行機からもみえますね。物理的には、簡単な方程式でこのような現象をつくることができます。実世界でも知られていて、たとえば交通流。料金所から出てくる車の流れにはノイズが含まれている。で、車のダイナミクスは、前の車がブレーキを踏むかどうか、という簡単な原理で決まってくる。それで、 最終的に渋滞という現象が発生する」

 

紀本さんがボソッと、「寺田寅彦の世界ですな」と口を挟んだ。

会場にうなずく人が多い。

 

「あるいはですね、バイオロジーの系では、作用が 1方向に及ぶ化学反応をみると、似たような方程式が出てきて、ノイズの増幅が起こり、秩序的な構造が形成される。流れによるノイズの増幅が秩序を形成するんです」

 

「あのぅ、交通流の例で、秩序が形成されたというのは、何をもってそうわかるんですか」

 

「車の密度をみると、初めは均一だったのに、その均一さからゆらぎが、だんだんと不均一になって、渋滞が形成されるんですよ。その渋滞を秩序ってよぶわけです。もちろん、われわれ人間には、渋滞はイヤなもんではありますが、このコンテクストでは秩序ですよね」

 

いろいろなカオスの現象を教えてくれた藤本さんは、ついに、自分の人生にそれを重ね始めた。

 

「僕が M1だったときに、指導教官から毎日、『君は何に興味があるのかね』っていわれ続けていたんです。それで僕は、『人と出会い,少し相互作用して、また別れる、そういうのに興味があります』といってしまったんですね。そしたら、指導教官は『うーん,詩だなぁ』っていうんですよね」

 

会場から笑いが起こる。

 

「これは、カオス的遍歴に似ているということに気づいたんですよね。あるときには巻きついてしばらく滞在するんだけど、そのうちそこから離れていく。また、違うアトラクターにしばらく滞在する。いつ動くのかは、予想が難しい。人生は、カオスですよね」

 

名言や……と会場の皆が感心。

そして、何と、藤本さん自身のカオス的人生が赤裸々に披露された。

 

「大学院生の頃から、世界のいろんな場所を僕はウロウロしてきました。世界中にいろんな民族がいることとか、素晴らしいと思っていたんです。中国の黄土高原の農村社会の情報伝搬力学とか、土壌侵食パタン形成の力学とか、現地に行って研究を試みました。そのあと、カオスのサイエンスとアートとの融合も、試みました。川面に数値計算で生成したカオスの映像を写したり、とか」

 

くしくも、その後は、藤本さんのアート作品の上映会へと突入していった、第2回『しゅんぽじおん』。

藤本さんの人生のカオス度の高さに、会場は心を奪われていた。

 

理学の饗宴『しゅんぽじおん』は、さまざまな専門性をかき混ぜて、新しいプリンシプルという秩序を生み出そうとする場である。じつは、それはカオスそのものである、と、盛田さんと藤本さんは教えてくれた。

 

次回もどうなるのやら、楽しみである。

 

 

第7回「(理学の響宴)しゅんぽじおん ー状態とはー」を2018年11月12日の17時半から教育研究交流棟3Fミーティングスペースで開催します。
研究科内外の研究者(教職員や大学院生の みなさん)、産業界の方々の研究交流を促すため、分野を超えた広い視野に立って新しい理学のタネを生み出すイベントです。

ワインとチーズが振舞われる予定です。登録の必要はありませんので、 金曜の夕刻、1時間程度、お気軽にお越しください。
第7回目は、「状態とは?」をテーマに、藤原彰夫氏(数学)、尾田欣也氏(物理)が ネタ提供をし、その後、歓談(饗宴?)タイムになります。
堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。
皆様のご参加をお待ちしております。

ポスターは「こちら」。

 

第6回「(理学の響宴)しゅんぽじおん ー空間とはー」を2月23日に教育研究交流棟3Fミーティングスペースで開催します。
研究科内外の研究者(教職員や大学院生の みなさん)、産業界の方々の研究交流を促すため、分野を超えた広い視野に立って新しい理学のタネを生み出すイベントです。

ワインとチーズが振舞われる予定です。登録の必要はありませんので、 金曜の夕刻、1時間程度、お気軽にお越しください。
第6回目は、「空間とは?」をテーマに、長峯健太郎氏(物理)、高橋篤史氏(数学)が ネタ提供をし、その後、歓談(饗宴?)タイムになります。
堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。
皆様のご参加をお待ちしております。

ポスターは「コチラ

「(理学の響宴) しゅんぽじおん」とは

プラトン(Platon)著の『饗宴』で書かれた,科学者が集まり,議論をしかけ,話を膨らませ,『知への愛,フィロソフィア』を説く饗宴。堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。第1回は「時間とは?」をテーマに,上田昌宏(生物),橋本幸士(物理)が 登壇。ポスターは「こちら

 

執筆:大阪大学 教授 橋本幸士
大阪大学素粒子論研究室 
(大学院理学研究科 物理学専攻)

掲載元:パリティ 
Vol.32 No.09 2017-09

 

 

20176 2日午後5時,大阪大学理学部。教育研究交流棟の3階に,議論好きの科学者がぞろぞろと集まってきた。

これは,その実録である。

 

 

生物学者が説く「時間とは」

 

「こないだ,ファインマン(Richard Feynman)の言葉がツイッターで流れてきたんですよ。引用してみますね」

 

そういって立ち上がった上田昌宏さんは,大阪大学で「1 分子生物学研究室」を主宰する生物学者である。

 

「ファインマンはこう言ってます。
『まず時間というものが何を意味するか考えてみよう。時間とは何であるか。時間のうまい定義があれば結構である。ウェブスター辞典をひいてみると「時間」は「間隔」であると定義してあるが,「間隔」の方をみると「時間」であると定義してある。これではあまり役に立ちそうにない』」

 

会場はさっそく,笑いに包まれた。

 

「じつは生物学では,『間隔』ぐらいでええ,というふうに,言い得てるとこもあるんです。生物学では時間そのものを問うのではなく,時間を認識するしくみ,その起源を問うんです。つまり,さまざまな周期現象,時間反転非対称な現象の生物学的意義,生存戦略,ですね。
ただ,ファインマンはこうも言うてます。『これら生物学の基本的な問題の多くは,じつに簡単に答えられます。それぞれのものをみればいいだけですから!』
…おっしゃるとおり! 生物学では広く現象をみていくというのが大事なんです。生物における周期現象をみていきましょう」

 

上田さんは〈図1〉をみせてくれた。

 

〈図1〉 生物における周期現象の例

 

「横軸は時間,縦軸は空間のスケールです。脳のなかのa 波,こういうのは10 Hzのオーダーです。バクテリアの分裂は振動を利用していたりする。シアノバクテリアの遺伝子発現は,24時間周期になってるんですよ」

 

会場から質問が相次ぐ。

「やっぱり光を感じて周期を出してるんですか?」

「いや,真っ暗ななかにおいても,この周期を出すんですよ。『時間とは』っていう問いに対する生物学の答えは,こんなふうに周期現象とか成長とかが生物学のなかには本当にたくさんあって,それが時間なんですね」

「そもそもこの図はログスケールになってるんですけど,なんでですか」

「いや,皆さん物理の人もいるから,そう書いたんです(笑)」

 

そのとき,会場の紀本さん(後述)がコメントした。

「化学反応の拡散方程式が,指数関数の解を出すからでっしゃろな」

会場から,なるほど,の声が漏れる。

 

すかさずほかの質問が来る。

「シアノバクテリアができた頃は,地球の自転周期は24時間やなかったでしょ,どうなってるんでしょうか」

「じつは構造を少し変えると,周期をずらすことができるんです。そしたら,進化の過程で選ばれていったんだろう,と」

 

「昔は1日は何時間やったんですか」

この質問に,会場にいた太陽系物理が専門の方が即座に答えた。

「シアノバクテリアが発生した頃って,三十数億年前なので,1日は10時間くらいだった頃もある」

 

会場から「ほぉ~ 」という声。

「化学反応の速さって,ものすごい速いですね。それがどうやって,こんなに遅くなるんですか?」

「いや~,それは生物学でもわかってないんですね。測定すると,遅いわけです」

 

 

会場ががやがやし始めたので,上田さんは方程式を見せた〈図2〉。

 

〈図2〉 チューリングの方程式による振動現象

 

「周期的な変動,空間構造を説明する理論として,チューリング(Alan M.Turing)の反応拡散方程式というのがあるんです。生きものの表面の模様は,こんなふうにできているものがある。近藤滋さんの研究の,タテジマキンチャクダイとか。これは,2つの拡散方程式の組み合わせでできた,非常に簡単なシステムなんですね。正のフィードバックと,遅れた負のフィードバックが組み合わさると,さまざまな周期運動を生み出すんです」

 

上田さんは続ける。

 

「生きものの特徴は,環境に対してマッチしていく,ということだと思うんです。だから,時計みたいなものがあったほうが環境にマッチしやすいから,時計ができた」

1 日,っていう単位以外に,時計が必要なんってあります?」

「そりゃ,敵が襲ってきたとか,天候が変わるとか,いろんな環境変化に応じて反応せなあかんわけですからね,そういう時計,しくみが必要になる。細胞ちゅうのは,環境変動を内在化する分子反応システムなんですよ」

 

一呼吸おいた上田さんは,まとめ始めた。

 

「この考え方を突き詰めると,生物機械論になる。ある人は,こう言うたんです。『デカルト以来の素朴な機械論が分子生物学の発展によって復活し,強化された』。これ言うたんは,湯川秀樹です。
湯川は,こうも言うてます。『生物は積み木細工。加算的。部品主義。生物はどこで積み木細工を超えるか?』
それと,南部陽一郎さんは,京大の基礎物理学研究所での研究会で,大沢文夫さんへの質問として,こう言うてます。『いまの生物学は,ハードの学問。生物のソフトはどうなってるか?』」

「ソフトって,DNA ?」

「それはハードです。生物は情報処理マシーンやけど,情報処理の計算原理は何か,っていう話やと思うんです」

「それは化学の話やないですか。間違わないような化学反応を選んでそれを積み重ねてるんです」

「いや,いいかげんなところもあるし,でも全体としては調和してるんですよ。その計算原理がわかってない。いまの生物学は,“アンティキティラ島の機械(天体運行を計算するためにつくられた古代ギリシャの歯車式機械)”的な現象論(経験則)の蓄積なんです。けど,それはビッグデータであって,原理ではない。
物理学の歴史をひも解くと,ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe)の非常に精密な天体観測があって,つぎにケプラー(Johannes Kepler)が楕円の運動を発見し,最後にニュートンIsaac Newton)が逆2乗則を発見する,という。それが大転換点やったわけです。
生物はいま,精密な観測ができるようになってきた。これから原理が発見されるには100年かかるかもしれへん。まあ,それまで楽しくやりましょうや,ゆうことです」

(一同爆笑)

 

 

 

『しゅんぽじおん』への経緯

 

少し,時間をさかのぼってみよう。

 

大阪大学理学部に新しい教育研究交流棟が完成した,20173月のある日のことだった。

基礎理学プロジェクト研究センターの新棟にはミーティングスペースとよばれる
新しい多目的オープンスペースが設けられたのだが,
そこを利用してどのように研究者たちを交流させればいいんだろう。
基礎理学のタネを,タコツボ化した専門研究からどうやってまいていけばいいんだろう。
そんな話を,私はセンター長の豊田岐聡さんとざっくばらんに話し合っていた。

 

そこに現れたのが,紀本電子工業の社長,紀本岳志さんである。

 

「私がスポンサーになります,サロンみたいなん,やりましょうや。
名前は『しゅんぽじおん』で行きましょう。
『シンポジウム』の語源やけど,『一緒に飲みながら議論する』ちゅう意味やし,ぴったりやわ。プラトン(Platon)著の『饗宴』(岩波文庫)読んだら書いてあるけど,最後はソクラテス(Sokrates)が立ち上がって,『知への愛,フィロソフィア』を説くんや。
この基礎理学センターで,理学の饗宴やで!」

 

かくして,企画『しゅんぽじおん』がスタートしたのである。

ワインとチーズを片手に,まったくバックグラウンドの違う2 人の科学者が,
毎回1つ決められたテーマについて語る。
それに,集まった科学者が議論をしかけ,話をどんどん膨らませていく。
そんな科学の源泉を,大阪大学で分野を超えてつくり出してやろう。

 

話はまとまった。あとは,テーマ,そして話し手,である。
企画を名乗り出た自分が,栄えある第1回『しゅんぽじおん』を成功させねばならない。
つまり,1人の話し手は,私だ。
対決したい相手,そして話し合いたいテーマは?
その答えは,すでに頭のなかにあった。

生物学者,上田昌宏さんと「時間」について話し合いたい。

それや!

 

 

 

 

素粒子論屋の「時間」

 

上田さんの話は,10分間の予定が35分になっていた。
これぞ饗宴である。

しかし饗宴は1時間で終了する。
橋本はこのすばらしい雰囲気を壊すことなく,饗宴を続けられるのだろうか。
立ち上がった橋本は,次のように始めた。

 

「では,素粒子論屋からみた『時間とは?』について,みていきましょう!
まず,どんな素粒子論屋に聞いてもそう答えると思うんですが,
アインシュタイン(Albert Einstein)によりますと」

 

 

「時間とは,時空座標の1 つである,ちゅうことです。1905 年の,特殊相対性理論。ここで,dtは微小な時間間隔,そしてdx とかは微小な空間間隔です。ds を固有長とよんで,これを不変にする変換がローレンツ変換で,cが定数である光速。
ほんで,もう1個言いましょう。松原武生さんってご存知ですか。大阪大学の卒業生ですよ。彼は,こういう話をつくりました。時間とは,温度である」

 

 

「これ,右側は量子力学の時間発展の演算子です。Hはハミルトニアン,ħはプランク定数,t は時間。ほんで,左側は,温度T においてエネルギーHの状態が現れる重みです。統計力学で勉強しましたね。松原さんは,時間を虚数にしたら,温度になる,っちゅうことを開発した人なんですよ」

「そういやアインシュタインは熱力学から,時間を虚数に考えたんちゃいますか」

「紀本さん,ええことおっしゃいますね。前の相対性理論の式をみてみると,時間を虚数にしたら,2乗されてますから,前のマイナスがプラスになる。空間とおんなじになるんですね。これを『ユークリッド化』ちゅうんです」

 

会場でうなずいている人がいるのは,素粒子論系の人たちが来ているからである。

 

「われわれ素粒子論屋は,毎日のように,時間を空間に変えてます。ほんまに。だから,H棟の7 階に来てもろたら,いつでも時間を空間にしてあげます」

(一同笑い)

「たとえば,宇宙がどうやって始まったか。時間の始まりは空間やった,という説があるんです。ホーキングStephen Hawking)とかが唱えてるんですけれども。こういうのをインスタントンってよんでます。とかね,いつでも僕らは時間を空間にしてるんです。けれども,じつは,空間を時間にしてる素粒子論屋はほとんどおらへんのです」

 

会場の素粒子論屋から「異議あり!」の大きな声が響いた。彼は次のように続けた。

 

「空間の3次元を全部虚数にして時間みたいにしたら,結局全部空間と同じやから,僕らもいつもやってるようなもんですよね」

 

橋本は,まさか身内から矢を射られるとはとうろたえたが,

 

「いやいや,3つの空間座標のうち1つだけ時間に変更する,ちゅうことはやらんでしょう」

 

そうやなぁ,という雰囲気が流れた。

 

「時間軸が2 つあると,じつはまずいことが起こるんです。タイムマシンができるわけですな」

 

橋本は〈図3〉を示した。

 

〈図3〉 時間が1次元の場合と2次元の場合
(a)通常の光円錐。そのなかを運動できる。(b)時間が2つある場合,運動して過去に行くことができる。

 

「まず,通常の,1つの時間やと,光速を超えない範囲ちゅうのを光円錐といって,この色をつけた部分がそれです。ほんで,もう1つの時間軸tを加えてみましょう。ほいだら,tt′は,空間と同じように回転できますから,色をつけた部分を回転させますね。そのなかを運動するとしましょう。ほら,もとの時間に戻ってくるような線が描ける。これは,タイムマシンですなぁ。こういうカーブを, closed timelike curveちゅうんです。これがあると,悪い時空や,と考えるんです」

tの方向が,小さくなって丸まってたら,気がつかへんから,ええんちゃいますか」

「それでも,ものすごく小さく回れば戻ってこれますよねえ。けど,1つの解決策があるかもしれません。みんなで考えましょう。もし,tにもtにも,ある向きしか行かれへん,っていうことを手で置いたら,いまのカーブは許されへんようになりますから」

「時間の向きって,どういうこと?」

「ゴミの散らかる向きです」

 

(一同爆笑)

 

「逆方向に進むのは反粒子ちゃいますかね」

「おお,今日僕は“HANRIUSHI”って書いたTシャツ着てきたんですよ,気づいてました?(笑) 人間の体が全部反粒子でできてたら,時間を逆行する気もちがわかるんですかねぇ。まあともかく,僕はこういうので悩んでた時期がありまして,それで,そもそも,時間が2次元あると,どんな難しいことが起こるのか,感覚的に確かめたくなりました。そこで考案したのが,この「時間2次元小説」です〈図4〉。横方向がt,下方向がtになってます。がんばれば,矛盾なく読めますよね」

 

 

〈図5〉 時間高次元小説
(a)時間2次元小説。(b)時間3次元小説。(プログラム:堂園翔矢氏)

 

 

2 次元にするだけで,とんでもなくめんどくさいですね」

「それがわかっただけでも幸いですよ,われわれ。まぁ,僕の話にオチはないんですけれども,そもそも研究室でも,時間はなんで1次元なんや,とか,そんな話せえへんのですね。
そやから,『しゅんぽじおん』みたいな場所ができて,ざっくばらんに原始的な議論できるのは,ほんま嬉しいです」

 

 

議論はその後,数時間続いた。

2回,はたしてどうなるのであろうか。

 

第4回「しゅんぽじおん(まちかね亭 理学の響宴)」を11月8日に教育研究交流棟3Fミーティングスペースで開催します。
研究科内外の研究者(教職員や大学院生の みなさん)、産業界の方々の研究交流を促すため、分野を超えた広い視野に立って新しい理学のタネを生み出すイベントです。

ワインとチーズが振舞われる予定です。登録の必要はありませんので、 金曜の夕刻、1時間程度、お気軽にお越しください。
第3回目は、「エントロピーとは?」をテーマに、中野元裕氏と湯川諭氏がネタ提供をし、その後、歓談(饗宴?)タイムになります。
堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。
皆様のご参加をお待ちしております。

ポスターは「こちら

第3回「しゅんぽじおん(まちかね亭 理学の響宴)」を9月29日に教育研究交流棟3Fミーティングスペースで開催します。
研究科内外の研究者(教職員や大学院生の みなさん)、産業界の方々の研究交流を促すため、分野を超えた広い視野に立って新しい理学のタネを生み出すイベントです。

ワインとチーズが振舞われる予定です。登録の必要はありませんので、 金曜の夕刻、1時間程度、お気軽にお越しください。
第3回目は、「生命とは?」をテーマに、梶原康宏氏と松尾太郎氏が ネタ提供をし、その後、歓談(饗宴?)タイムになります。
堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです。
皆様のご参加をお待ちしております。

ポスターは「 こちら