「(理学の響宴) しゅんぽじおん」とは
プラトン(Platon)著の『饗宴』で書かれた、科学者が集まり、議論をしかけ、話を膨らませ、『知への愛、フィロソフィア』を説く饗宴。堅苦しくない場でざっくばらんに話し合うことで、新たなアイデアを生み出そうという試みです.
今回で第11回目となるしゅんぽじおん。テーマは「凝縮」。
理学部の中ではこの「凝縮」という単語を一つで分野により様々な現象を指す。今回は物理の田島先生、化学の佐藤先生のお二人による話からこのテーマに迫っていく。
一人目の話者は田島節子先生。物性物理の分野で活躍されている。
最初の切り出しで、先生は凝縮を難しいものだと表現した。というのも、「凝縮とはなんですか」という問いはそのまま凝縮系の物理である「物性物理とはなんですか」の問いに置き換えることができるためであるという。一言で言うにはなかなか難しいようだ。
物理学における「凝縮」がどんな場面で出てくるかというと、例えば物理の分野(例えば素粒子物理など)で出てくる名称のことであり、以下三つのようなおおよそ同じ分野でありながら様々な名前がついている固体物理学、物性物理学、凝縮系物理学の中にも出てくる。これらは英語でcondensed matter physicsと呼ばれていて、物理の分野では「凝縮」と聞くとここをイメージされるらしい。
凝縮系の研究とは究極の物質を求める素粒子と違い、それがたくさん集まった(具体的には1〖cm〗^3あたり10^23個)時にどのような振る舞いをするかを見る学問であると先生は語られた。実は粒子はたくさん集まると一個の粒子と違う振る舞いをするのだ。
そういう話をして先生がスライドに出されたのはアンダーソンという物理学者。彼も凝縮系物理学を専門とし、ノーベル賞を受賞するほどの偉大な科学者である。彼がNatureに出した論文タイトル”More is different”はアメリカ内で物議を醸し、アンダーソンがアメリカ哲学会の会員にならざるを得なくなった。それだけ物がたくさん集まると動きの予測が難しいらしい。
宗教的な問題として取り上げられたとの先生の発言に、会場では笑いが漏れた。物がたくさん集まると動きの予想ができないと捉えかねられない論文タイトルは神がいる/いないの論争になったようだ。
「アンダーソンはこの問題に勝ったのですか」
という質問に、先生は流石にわからないとおっしゃられ、再度会場に笑いが起こった。
粒子がたくさん集まると1+1=2のような単純な動きではなくなると先生は語る。これを物理の用語で創発現象と呼ぶ。
一個一個に注目することももちろん大事だが、それだけでは集まった時の物質を記述することはできない。個々の粒子に対し運動方程式を立て、それを足し合わせれば全体を記述できる―――という単純な話ではない。しかもたくさん集まると協調現象のようなものも起こるらしい。
電気伝導を例に、先生は説明を始める。
「束縛電子と自由電子を用意し、電場をかけると自由電子が一気に同じ方向に動き出し電流が流れる。これが、電気が流れる仕組みである………と言われてはいますが」
スライドを指差し、先生は次のように続ける。
「一個一個の電子は一斉に同じ方向に同じ速度で動いているのか、というと実はそうではなくランダムに動いている。しかもその速度は電流のスピードよりもはるかに速い」
電流の要素たる電子のスピードが電流よりも速く動いているとはいったいどういうことのなのだろう。頭の中に疑問符が浮かぶが、先生がすぐに補足される。
「Averageとしてみれば相対としてある一定電流が流れている、というわけです」
なるほど、確かにこう考えれば電子ひとつに注目すると電流よりも速いスピードで動くという特徴が、それらが集まって電流となった時とは全く違うということがよくわかる。今までの説明で言えば電子が素粒子にあたり、電流が物性物理にあたるということなのだろう。
次の話題として先生があげたのは狭い空間に物質が集まるには大きな力が必要だろう、という話だ。原子のサイズを考え、物質が凝縮した状態を考えて話題は展開していく。
ここで上がるのが「なぜ固体は固体としてあるのか」。言い換えれば「なぜ原子が1〖cm〗^3あたり10^23個も集まっていられるのか」という問いである、と先生は言う。
このようになる仕組みは電子だけを考えていても解決しないようだ。電子には互いに斥力が働くのだが、集団で集まると電子は一様に集まるのではなく偏析する。電子が集まった時に金属になるとは自由に動くことのできる電子が存在するということなのだが、凝集すると詰まっている状態となり、電子は自由に動けなくなる。この時(書き手として驚いたのだが)物質は金属ではなく絶縁体になる、ということがしばしば起こるらしい。会場でもこのことに疑問を持ったのか、何人か質問をぶつける。
「みんなで動けば動けないことはないのでは」
「理論なら動くけど、現実ではそううまくいかないのかもしれないですね」
途中、凝集・凝縮・偏析をそれぞれ英語でなんというのかという議論や、分野によって使う単語が違うような、と言ったような発言が飛び交った。
次のスライドでは、超伝導を起こす金属についての説明がされた。
超伝導を起こす金属というのは理論が先にあって実験によって確認したというよりも、実験で先に見つけられたものに理論を合わせていくことで発展してきたようだ。超伝導とは見方を変えると電子がたくさん集まっているにも関わらず電子同士で引力が働いているように見えるらしい。これを説明するためにたくさんのモデルが提案されているが、そのメカニズムに関する決着はいまだについていないと先生はおっしゃる。
ここで超伝導の例として、高温超伝導が挙げられた。少しずれると絶縁体になる可能性が高いとされているのだが、そのギリギリと突くことでエネルギーを高めたまま(高温でも)超伝導を再現できる。この、超伝導状態と絶縁体状態が紙一重にあるものがエキゾチック超伝導と呼ばれている。書き手としては超伝導といえば極低温環境で再現される物質だという印象が強かったが、様々な理論や実験によってほぼ室温においても超伝導を維持できる物質があるということに驚いた。
最後におまけとして、物質を超高圧下に置いたときにどうなるかというスライドが表示された。
電子が少ない原子を金属にできたのなら、理論上室温超伝導を再現できると考えられている。
「周期表の中で一番軽い元素は水素、つまり水素を金属にできたのならいいけど、ことはそう簡単には行かないです」
押してダメならもっと押す、と阪大の高圧研究室でも周期表を片っ端から高圧下に置いて実験をしているが、リチウムやカルシウムではできたものの水素での成功では世界でもどこもないらしい。それならば水素そのものではなく水素化合物を高圧下に置いてみてはどうだろう、と海外の研究室で行われた研究がうまくいったとの報告が上がっていると先生は話す。
「水素の化合物として硫化水素を選び、それに圧力をかける(170GPa)とH_3 Sになります。普通では起こらない形ですね」
レフェリーに論文を通してもらえないと学会で声を聞いたと話す先生の発言に、会場では笑いが起こった。このように成功例が一つ見つかるとその周辺を全員で探し出すため、どんどん新しい超伝導物質が見つかったとスライドの表に超伝導物質が追加されていった。高圧下という条件下があるとはいえ、室温超伝導ができるということがわかったということは大きいと先生は話された。
会場では新しい物質が追加されるたびにおお、と声があがっていた。
凝集という話から超伝導まで幅の広い話になりましたが、と田島先生の挨拶を最後に前半の会は終了した。
二人目の話者は佐藤尚弘先生。高分子を専門とされている。
「先ほどの田島先生の話の時にも凝縮の定義とは、という話が出ていたと思うのですが、私はシンプルにこう思いました」
そう言ってスライドに出てきたのは高校の化学の教科書でも出てくる物質の三態の図だった。
「一番大元かなと思っています。物体が気体から液体になるのには凝縮という名前がついています」
高校の頃の知識だったこともあり、聴衆の間ではそういえばそんな言葉もあったなという声がちらほらと聞こえてくる。
先生は周囲の反応を見ながら、しかし気体から液体に物体が変化することは普通はそう簡単にはならないと説明する。過冷却蒸気などもその例だ。核があって、それが成長して液滴になるというのが凝縮の簡単な説明だが、最初の『核ができる』というところがなかなか難しい部分であるらしい。
「高分子の分野でも凝縮という言葉は一応ありまして」
一本の高分子、つまり原子が共有結合で非常にたくさん(何百、何千)繋がった分子において完全結晶と呼ばれる真っ直ぐな状態が、炭素Cの単結合が回転することで高分子が曲がり、ランダム構造となる。高分子は気体になることができないため、溶媒に溶かすとバラバラになって一分子として存在できる。
「しかしこの溶媒の質を悪くしていくと、つまり高分子と溶媒の相性が悪いと、高分子が溶媒と触れ合おうとせずにギュッと縮まって溶媒との接触をできるだけ避けようとします」
この、『ランダム構造の高分子がグッと縮んだ状態の高分子に変化』することを高分子における凝縮と呼んでいると先生は説明する。高分子では有名なストックマイヤーが提唱した言葉で随分と古いらしい。また、この縮まった状態の高分子の状態をグロービル状態と呼ぶ。ここまでの話で凝縮という言葉には広がった状態のものが小さく縮まろうとする変化のイメージがあるのではないかと思った。
高分子が勝手に縮まるという部分に引っかかる先生方が多かったのか、どんどんと質問が飛び交う。中でも「核があって分子が集まってくるわけではないのか」という質問に、佐藤先生は次のように答えていた。
「この凝縮というのは、一つの高分子が溶媒に溶けているだけでは起こらず、数がたくさんないと起こらないのではないかという風にも言われています」
一応、溶媒をすごく薄くすれば一つの高分子でも凝縮するという報告はありますがあまり信じられてはいません、とのことだった。
ここで少し高分子の大きさの話に移った。
「高分子の大きさというのは普通端から端までの距離の平均で表すのですが、のびきり鎖の場合には結合間の距離×結合の数、ランダムコイルの場合にはそれがランダムウォークになります」
高分子は結合の数が途方もなく大きいため、のびきり鎖とランダムコイルやギュッと縮んだ状態ではその大きさが大きく変化する。
次のスライドではタンパク質の話になった。タンパク質も高分子であるが、今まで出てきた高分子との大きな違いは、タンパク質は二十種類のアミノ酸の共重合体であるということだ。一種類のモノマーからできている高分子とはその複雑性が大きく異なることは直感的に理解できるだろうと思う。ここでグロービル状態とタンパク質のフォールディング(特定の立体構造に折り畳まれる現象)を比較していこうとスライドが変化する。
「アミノ酸の重合体であるタンパク質は疎水的なアミノ酸と親水的なアミノ酸が共重合してできている。水のような媒体では疎水性の部分が集まって親水性の部分は外側に、という風になり、これがタンパク質のフォールディングと呼ばれます」
生物の先生が会場にいらっしゃらないことを確認して笑いを生みながら、佐藤先生は説明する。
「こういうタンパク質、ポリペプチドが球状構造を取るのは熱力学的に安定だから、自然に球の状態・形になります。というのが元々の説だったのですが、最近はそうでもないらしくて」
そう言って先生はスライドに書かれた図を指差してさらに説明を加える。
「シャペロンというタンパク質があって、この窯になっている部分にタンパク質を入れることによってフォールディングが起こるという説や、輪っかみたいなところを通すことによって起こるといったようなメカニズムが提唱されています」
これがヘモグロビンであれば酸素を運搬するという機能を持っているのだが、この機能を持たせるためには特定の構造を取らせないといけない。前までの理論だとこの特定の構造に勝手になるというものだったのだが、最近ではそうでもないという風に言われているらしい。この手のことに詳しい聴衆側の先生から、タンパク質が熱平衡状態になることは信じられているとの補足が入った。
ここでタンパク質と溶媒のシミュレーションをしてみました、と次のスライドになった。親水基と疎水基の割合を50:50にして行った動画で、タンパク質が縮まっていく様子に会場からはおおという声があがった。
どんな風にシミュレーションを行ったのか、まとまるまでに時間がかかっているのは何故なのかという問いに関して疎水基の量が多いせいかだったり、熱浴はどのようにしていますかなど会場から質問が飛ぶ。ただシミュレーションの回数が5回だったこともあって確実なことが言えないと先生は答える。
シミュレーションのいいところは配列をこちらで把握できるということだと説明する。最終的に目指したい高分子の構造にならないということがあっても、配列がわかっているためどこが問題かがわかるのが利点であるようだ。
最後のスライドで、タンパク質を人工的に作るのが夢だと先生は語られた。しかし、そのためにはまだまだ課題が山積みであるということはこれまでのスライドの内容を見ても明らかである。現状のタンパク質の状態から、何故タンパク質がエントロピーが低い安定な方向へ進化したのか、その逆算を辿ることは現段階の合成高分子の分野ではとても難しい。いずれできたらいいことではあるが、何年かかることになるかな、と佐藤先生は笑いながらおっしゃった。
前半後半で同じ言葉を使いながらも全く違うアプローチで行われた発表は、盛況のうちに終了した。次のしゅんぽじおんではどのような発表が行われるのか、とても楽しみである。
(文責: 川上結生)