MULTUM関係
マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を核にした分野横断型融合研究
当グループで開発した小型でありながら高分解能が得られるマルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)は,医学や歯学、環境科学などの様々な分野で広く用いることが可能です.MULTUMについては「こちらのサイト」に詳しい説明があります.MULTUMの技術を核に,学内にあるニーズと,前処理/分離法やイオン化法といった学内のシーズを分野の壁を超えて融合した,以下に述べるような分野横断型の研究を行っています.特にMULTUMの小型・高分解能を活かして「現場」に装置を持ち出して質量分析を行う「オンサイトマススペクトロメトリー」により,「これまで見ることができなかったモノを観ることができるようにする(新しいサイエンスの開拓)」ことを目指しています.
マルチターン飛行時間型質量分析計の改良
当グループで開発したマルチターン飛行時間型質量分析計をさらに高性能化・多機能化するための技術開発を行っています.特に,当グループ発のベンチャー企業であるMSI.TOKYO株式会社などと協力して,さらなる小型・軽量化や様々なイオン化法との組み合わせに必要な技術の開発などを行っています.
最近では,新しい制御方法(Mass Spectrometry (Tokyo), 9 (2020), A0088.,Mass Spectrometry (Tokyo), 10 (2021), A0098.)や質量較正法の開発(Eur. J. Mass Spectrom., 23 (2017), 385-392)や,プロトン移動反応イオン化法と組み合わせた装置の開発を行っています(J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 69 (2021), 68-74.).
土壌からの温室効果ガスの連続モニター
土壌中の生物起源ガスであるCO2・N2O・CH4などをオンサイトで連続測定するシステムの開発をおこなっています。従来のガス測定手法では,分析技術上の制約から,多成分ガスの野外測定には多大な費用と準備が必要でした.多成分ガス種の測定にはガスクロマトグラフィー(GC)法が用いられることが多いですが,GC法では,気体の種類ごとに最適な検出器や前処理・分離条件を使い分ける必要があります.質量分析計であれば,複数のガスを同時に計測することが可能ではありますが,CO2・N2Oは質量数が共に44であり,小型化が可能な四重極質量分析計のような低分解能の質量分析計では区別できないという問題がありました.しかしながら,MULTUMであれば,高い質量分解能が得られるため,質量分析計のみでこれらのガスを分離して定量することも可能となります.しかもMULTUMであれば,農地の現場に装置を持ち出して,その場での連続測定も可能となります.それにより,土壌中の生物活動状態・生物活性,土壌構造に規定される物質の移動を,土壌生物起源ガスを含む多成分ガスの挙動から明らかにすることが可能となります.
最近では,愛媛大学農学部附属農場にMULTUMシステムを持ち込んで,土壌から発生するガスを1〜2週間連続で測定することにも成功しています(Atmos. Meas. Tech.,13 (2020), 6657–6673.).
この研究は,北海道大学大学院農学院 波多野・当真研究室との共同研究です.
オンサイト歯周病診断法の開発
歯周病は細菌性バイオフィルムに対する生体応答を原因とした慢性炎症性疾患で,国民の8割が罹患する高頻度疾患であるため,成人が歯を失う第一原因であるとともに,糖尿病や冠動脈疾患など多くの全身疾患のリスク因子です.当グループではこれまでに,口腔から微量の歯肉溝浸出液を採取し,GC-MSで代謝物の探索を行った結果,炎症の程度に応じて数種の代謝物の量が変動すること,またこれをマーカーとして歯周病の診断が可能であることを明らかにしてきました(Mass Spectrom., 5 (2016), A0047.).
このマーカー探索の際は,ラボ据え置き型のGC-MSを用いたが,これを医療現場で用いることは不可能であるため,小型でありながら非常に高い質量分解能が得られる「マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)」を用いて,歯周病のオンサイト診断システムの開発を行うことを目指しています.まずは大学病院などのチェアサイドでの診断を目指し,将来的には人間ドックでの使用や,コンビニのような場所での簡便なワンストップ医療診断(コンビニ医療診断)も可能にしたいと考えています.
この研究は,大阪大学大学院歯学研究科村上教授,歯学部附属病院口腔総合診療部野﨑准教授,日本電子YOKOGUSHI協働研究所との共同研究です.
地震・火山噴火などの地殻変動による希ガス同位体比の変動
大気,地殻,マントル中のヘリウム同位体比は大きく異なり,またヘリウムは不活性で化合物を作らないため,これをトレーサーとして,地殻変動を捉えることが可能です.マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を用いて,地下水などの中のヘリウム同位体をオンサイトで連続測定できるようになれば,地震や火山噴火などの予測ができる可能性があります.
3Heと4Heの同位体比をは6〜8桁異なるため,飛行時間型質量分析計での測定が非常に困難ですが,4Heについては2価のイオンを対象とするというアイデアと,当グループで開発したイオンカウンティング法を用いることで,MULTUMを用いて測定する手法を確立しました(Anal. Chem., 89 (2017), 7535–7540).
この研究は,大阪大学大学院総合文化研究科角野研究室との共同研究です.