研究内容

当グループの現在の研究内容

質量分析は,原子・分子物理,ナノサイエンス、地球・惑星科学,半導体物理.化学,生物.薬学.医学.食品化学,環境科学など,様々な分野で幅広く用いられる分析手法です.当研究グループでは,物理学をベースとして,独創的な最先端質量分析装置を開発し,それらを用いた新しいサイエンスの開拓を行なっています.

マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を核にした分野横断型融合研究

当グループで開発した小型でありながら高分解能が得られるマルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)は,医学や歯学、環境科学などの様々な分野で広く用いることが可能です.MULTUMについては「こちらのサイト」に詳しい説明があります.MULTUMの技術を核に,学内にあるニーズと,前処理/分離法やイオン化法といった学内のシーズを分野の壁を超えて融合した,以下に述べるような分野横断型の研究を行っています.特にMULTUMの小型・高分解能を活かして「現場」に装置を持ち出して質量分析を行う「オンサイトマススペクトロメトリー」により,「これまで見ることができなかったモノを観ることができるようにする(新しいサイエンスの開拓)」ことを目指しています.

マルチターン飛行時間型質量分析計の改良

当グループで開発したマルチターン飛行時間型質量分析計をさらに高性能化・多機能化するための技術開発を行っています.特に,当グループ発のベンチャー企業であるMSI.TOKYO株式会社などと協力して,さらなる小型・軽量化や様々なイオン化法との組み合わせに必要な技術の開発などを行っています.

最近では,新しい制御方法(Mass Spectrometry (Tokyo), 9 (2020), A0088.Mass Spectrometry (Tokyo)10 (2021), A0098.)や質量較正法の開発(Eur. J. Mass Spectrom.23 (2017), 385-392)や,プロトン移動反応イオン化法と組み合わせた装置の開発を行っています(J. Mass Spectrom. Soc. Jpn.69 (2021), 68-74.).

土壌からの温室効果ガスの連続モニター

土壌中の生物起源ガスであるCO2・N2O・CH4などをオンサイトで連続測定するシステムの開発をおこなっています。従来のガス測定手法では,分析技術上の制約から,多成分ガスの野外測定には多大な費用と準備が必要でした.多成分ガス種の測定にはガスクロマトグラフィー(GC)法が用いられることが多いですが,GC法では,気体の種類ごとに最適な検出器や前処理・分離条件を使い分ける必要があります.質量分析計であれば,複数のガスを同時に計測することが可能ではありますが,CO2・N2Oは質量数が共に44であり,小型化が可能な四重極質量分析計のような低分解能の質量分析計では区別できないという問題がありました.しかしながら,MULTUMであれば,高い質量分解能が得られるため,質量分析計のみでこれらのガスを分離して定量することも可能となります.しかもMULTUMであれば,農地の現場に装置を持ち出して,その場での連続測定も可能となります.それにより,土壌中の生物活動状態・生物活性,土壌構造に規定される物質の移動を,土壌生物起源ガスを含む多成分ガスの挙動から明らかにすることが可能となります.

最近では,愛媛大学農学部附属農場にMULTUMシステムを持ち込んで,土壌から発生するガスを1〜2週間連続で測定することにも成功しています(Atmos. Meas. Tech.,13 (2020), 6657–6673.).

この研究は,北海道大学大学院農学院 波多野・当真研究室との共同研究です.

オンサイト歯周病診断法の開発

歯周病は細菌性バイオフィルムに対する生体応答を原因とした慢性炎症性疾患で,国民の8割が罹患する高頻度疾患であるため,成人が歯を失う第一原因であるとともに,糖尿病や冠動脈疾患など多くの全身疾患のリスク因子です.当グループではこれまでに,口腔から微量の歯肉溝浸出液を採取し,GC-MSで代謝物の探索を行った結果,炎症の程度に応じて数種の代謝物の量が変動すること,またこれをマーカーとして歯周病の診断が可能であることを明らかにしてきました(Mass Spectrom.5 (2016), A0047.).

このマーカー探索の際は,ラボ据え置き型のGC-MSを用いたが,これを医療現場で用いることは不可能であるため,小型でありながら非常に高い質量分解能が得られる「マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)」を用いて,歯周病のオンサイト診断システムの開発を行うことを目指しています.まずは大学病院などのチェアサイドでの診断を目指し,将来的には人間ドックでの使用や,コンビニのような場所での簡便なワンストップ医療診断(コンビニ医療診断)も可能にしたいと考えています.

この研究は,大阪大学大学院歯学研究科村上教授歯学部附属病院口腔総合診療部野﨑准教授日本電子YOKOGUSHI協働研究所との共同研究です.

地震・火山噴火などの地殻変動による希ガス同位体比の変動

大気,地殻,マントル中のヘリウム同位体比は大きく異なり,またヘリウムは不活性で化合物を作らないため,これをトレーサーとして,地殻変動を捉えることが可能です.マルチターン飛行時間型質量分析計(MULTUM)を用いて,地下水などの中のヘリウム同位体をオンサイトで連続測定できるようになれば,地震や火山噴火などの予測ができる可能性があります.

3Heと4Heの同位体比をは6〜8桁異なるため,飛行時間型質量分析計での測定が非常に困難ですが,4Heについては2価のイオンを対象とするというアイデアと,当グループで開発したイオンカウンティング法を用いることで,MULTUMを用いて測定する手法を確立しました(Anal. Chem.89 (2017), 7535–7540).

この研究は,大阪大学大学院総合文化研究科角野研究室との共同研究です.

大気圧サンプリングイオン化法の研究開発

我々の体を構成する細胞では,脂質・代謝物・タンパク質などの分子量や化学的性質が異なる多彩な分子同士が相互作用し,生命活動に必要な化学反応が進むことが知られています.多彩な細胞がネットワークを作る生体組織の,疾病状態の詳細な把握や診断のためには,生体組織の複雑な化学種の分布状態を調べるイメージング技術が重要になります.試料の局所領域に含まれる成分群を抽出し,気相イオンに変換し,質量分析器に導入することで,試料内の複数の分子イオンの情報をマススペクトルとして取得することができます.個々のイオンの強度情報とその位置情報から化学成分の分布を可視化することができます.生体試料に含まれる多様な成分のイメージング技術は,バイオメディカル分野への応用が期待されています.

私たちはこれまでに,振動するキャピラリプローブ(以下,プローブ)とピコリットル液体を用いる独自の抽出イオン化法「タッピングモード走査型プローブエレクトロスプレーイオン化法(t-SPESI, tapping-mode scanning probe electrospray ionization)」を開発してきました.

t-SPESIは,高速に振動するプローブを介して,高電圧が印加されたピコリットルの溶媒を試料に断続的に供給し,試料の局所領域に含まれる化学成分を高速に抽出・イオン化することができます.イオン化にはエレクトロスプレーイオン化法を使用し,生体分子の構造を壊さずに気相イオンに変換します.プローブを試料表面に対して二次元方向に走査することで,試料の座標情報に紐付いたマススペクトルを取得し,特定の化学成分の試料内分布を可視化することができる.

私たちは,試料の凹凸形状をナノスケールで計測することが可能な原子間力顕微鏡の要素技術をt-SPESIに融合し,試料の形状情報をリアルタイムに計測しながら抽出とイオン化を行う技術を実現しました.本技術を用いて,マウス脳組織切片の複数の脂質を空間分解能6.5マイクロメートルでイメージングでき,複数の脂質のマススペクトルパターンの違いに基づく脳内構造の分類が可能であることを示した.さらに,t-SPESIの医用応用として,ヒト疾患組織の共同研究も実施しています.大阪大学医工理連携共同研究を通じて,ヒト心臓疾患組織中の脂質成分群の多様な分布形態の可視化にも成功しました.今後は、ピコ液体の抽出イオン化過程の物理的理解と制御法の研究を進め、更なる高空間分解能イメージングを目指します。

イメージング質量分析技術(質量顕微鏡)の開発

  • 投影型装置の開発(生命機能上田研,阪大工粟津研,KEK新井研などとの共同研究)
  • 隕石,はやぶさ試料などの分析・装置開発(寺田研,JAXAなどとの共同研究)

PM2.5原因物質の探求(紀本電子,清華大学との共同研究)

超臨界流体抽出・クロマトグラフィーとプロトン移動反応イオン化法を組み合わせた質量分析装置の開発

超臨界流体抽出(SFE)/クロマトグラフィー(SFC)とプロトン移動反応(PTR)イオン化法を有する質量分析装置とを直接接続することで,従来の方法では分析が困難だった難揮発性有機物の迅速かつ高感度での質量分析を可能にする技術開発を行なっています(Anal. Chem.93(2021) 6589 – 6593).

PTRイオン化法は,大気中の揮発性有機化合物(VOCs)を迅速かつ高感度に検出する質量分析法のイオン化法として使われてきましたが,その対象物は,揮発しやすい低分子化合物に限られていました.一方,超臨界流体抽出やクロマトグラフィーは,従来の分析手法では困難な化合物に適用できる手法として応用が期待されています。

この迅速な物質の抽出・分離が行えるSFE/SFC 技術と,PTR イオン化質量分析装置とを組み合わせることで,物質によっては,従来の1000倍もの高い感度で非極性物質を検出することができています.PTRイオン化法では,①SFE/SFCで溶媒として用いる二酸化炭素がイオン化されないため目的物質の質量分析を邪魔しないという点と,②真空下の閉じた空間でイオン化を行うため超臨界流体状態を保持して質量分析を行える点に着目し,実現した技術です.

「光 × 質量分析」プロジェクト

光科学の分野では、超解像、超短パルス、超高強度場への展開が進んでいる。光位相の精密制御が可能になり、高次高調波発生、超精密アト秒長短パルス生成、高強度モノサイクル電磁場生成という目覚ましい進展がある。これら光科学の先進研究を質量分析分野に導入する。 超解像については、超解像蛍光イメージングと質量イメージングとの融合研究を進めている。さらに、位相制御コヒレーントラマン分光イメージングの導入を開始する。

自走式麻薬探知犬の開発

将来,麻薬探知犬にかわるようなMULTUMを搭載した自走式ロボットの開発を目指しています.MULTUMの更なる軽量化とともに,自走式ロボット技術の構築を,企業群とともに行なっています.

新しいイオン検出器の開発

浜松ホトニクス株式会社と共同で,MCP(Microchannel Plate)とAD(Avalanche Diode)を組み合わせた新しいタイプのイオン検出器を開発しています(Nuclear Inst. and Methods in Physics Research, A, 971 (2020), 164110).また,MCPの飽和現象,ゲイン低下現象のメカニズムの解明を目指した研究も行なっています.

イオン軌道シミュレーション(イオン光学)

イオン軌道シミュレーション手法の開発を行なっています.当研究室では長年transfer matrix法により軌道計算を行なっています.1976年には,3次近似のイオン軌道シミュレーションプログラム「TRIO」が完成し,飛行時間の項を追加した「TRIO-TOF」や,イオン軌道を視覚化する機能を追加した「TRIO-DRAW」や「TRIO 2.0」を開発し,質量分析装置の開発に用いてきています.

また,表面電荷法によるray tracing技術の開発も行なっています.1992年には「ELECTRA」を開発しました.その後,分子動力学シミュレーション専用の超高速計算機「MDGRAPE-3」を用いて,クーロン力を並列計算することで高速に軌道計算できる手法の開発も行なっています(Nucl. Instr. and Meth. A, 600 (2009), 466-470).最近では,GPUなどを用いた高速化手法の開発も行なっています.

新しい質量分析装置の開発

次世代を担う新しい質量分析装置の開発を目指していますが,現在はまだいいアイデアはありません.

質量分析オープンイノベーション協働ユニット

複数の大学の研究者と複数企業のコンソーシアムです.大阪大学が有する質量分析技術開発をコアに,理学研究科、他研究科、他大学の様々な研究者と質量分析に関連する企業群が密に連携することで非競争領域での基礎研究からのオープンイノベーションで,グローバル社会における課題群の探索と,それらの解決を目指しています.短期的な出口を見据えた研究ではなく,中・長期的な観点での研究・開発を行います.あわせて,絶滅が危惧されるような基盤的技術(前処理,クロマトグラフィー,アナログ電気回路,ソフトウェアなど)の継承と共有化,人材育成も行うことを目指しています.
北海道大学,東京大学,長浜バイオ大学,関西大学,鳥取環境大学,愛媛大学,九州大学,医薬基盤・健康・栄養研究所, 日本電子,浜松ホトニクス,紀本電子工業,KRI,MSI.TOKYO,アキリスジャパンなどが参画しています.

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